●表面を保護し、本来の色が見えるように「有機アルガンオイル」を薄く塗布してあります。
「瑠璃(るり)子」
歩道を埋めた人々の間から拍手と歓声が湧き上がった。8月16日午後8時。「五山の送り火」の先頭を切って、大文字山に点火されたのだ。
誰もが足を止めて山を見上げる中、瑠璃子は、群衆の間を縫って人を探していた。
手には「ラピスラズリ」の原石を握りしめている。それは、鮮やかな青色をしたごつごつした石で、18歳の誕生日にもらったものだ。
「『ラピスラズリ』の日本名は『瑠璃』いうんやで」。そう言って石を差し出したときの武史の笑顔は、今でも忘れられない。
ただ、それからしばらくの間、2人は離れ離れになった。どうして別れなければならなかったのか、何故今日会えると思ったのか、瑠璃子にはわからない。どうやってここまで来たのかも、まるで思い出せない。いろんなことの記憶がないのだ。
瑠璃子は、「あっ」と声を上げた。数メートル先に武史が立っていた。やはりここに来ていたのだ。大声で呼んだが、武史は気づかない。喜びに胸を高鳴らせながら、瑠璃子は武史の前に立った。
そのとき、武史が青色の石を両手で大事そうに持っているのが見えた。瑠璃子が手にしているラピスと同じものに見える。
「たけし!」目の前に立ってもう一度呼びかけた。しかし、全く反応がない。
すると、瑠璃子が手にしている石の輪郭がぼやけ始めた。それだけではない。瑠璃子自身の手も腕も、薄く、透き通っていく。
瑠璃子は、不意に思い出した。
──私は入院したのだ。
最初はすぐに退院できると言われていたのに、病状はどんどん悪化した。
1年後、自分の死を悟ったとき、瑠璃子は、「これを私だと思って持っていて」と、ラピスを武史に返した。
今年が私の新盆だ。魂があの世から帰って来ていたのだ。
そして、今日──。送り火に送られて私はあの世に戻る。
完全に身体が消えてしまわないうちにと、瑠璃子は背伸びし、目の前の武史にキスをした。一瞬、何が起きたのかわからないといった表情で周りを見たが、武史は微笑んだ。自分の存在を感じてくれたのかもしれない。
ふうわりと魂が夜空に浮き上がったとき、武史が手にしているラピスラズリが、「大」の火文字に照らされて、きれいな青い光を放つのが見えた。