◇木野戸勝隆
富士山本宮淺間神社宮司時代短冊
国学者,神官 賀茂別雷神社宮司 伊勢神宮少宮司(神宮皇学館館長、徴古館長・農業館長を兼務)
伊予国喜多郡大洲(愛媛県)出身
伊予大洲加藤家の臣木野戸勝誼の子。
幼くして漢学を修め、古学堂にて古学専修ののち平田篤胤門下矢野玄道に学ぶ。
明治7年京都に出た後、駿河浅間神社、三島神社、岩代霊山神社、久能山東照宮に務め、26年伊勢神宮権禰宜となり、ついで神宮皇学館教頭、27年伊勢神宮禰宜に昇進する。28年神都名勝誌編輯に携わり、38年古事類苑を校閲した。43年少宮司となり神宮皇学館館長、徴古館長・農業館長を兼務。のち近江多賀神社宮司、大正7年京都の賀茂別雷神社宮司を歴任し、9年勅任官待遇となり、昭和4年隠退。
著書に「富士浅間大神御伝略記」「祭式摘要」「定本古語拾遺」「神典翼補遺」「新撰姓氏録考証補遺」「矢野先生外伝」など多数。
嘉永7年〜昭和4年没75歳
◇山中咲子刀自の七十七の賀に寄松祝をよめる 十返りの花咲く松そ色かへぬ ときはの山の中に栄ゆる 勝隆
◇山中咲子◇
近江日野商人酒造業初代山中正吉の妻
富士山淺間神社西側にて醸造業
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